さよならのかわりに 01
「今日も、見れた……っ」
未確認生物とかそんなものじゃなくて、ただのお人だけれども。
肩にかからない程度の髪の毛を揺らしながらゆっくりと並木道を歩く一人の上級生。首筋にちらりと見えるロザリオ。そのロザリオを確認すると、まだ妹を作っていないんだと安心してしまう。
彼女の名は、凪紗さま。3年生の水原凪紗さま。
そしてそんな彼女に憧れている高等部1年の瀬戸小百合は凪紗さまの後に続いて並木道を歩いていくのだった。
*
「小百合さんっ!」
「……瞳子さん?」
いきなり名を呼ばれるので不審に思いながら声の主の瞳子さんのほうを向く。話さなくはないけれどそこまで親しくはない、はずなのに。高等部に上がるまでに何度かクラスが一緒になったことはあったけど、どちらかというと私にとって瞳子さんは苦手分類に入るクラスメイトだった気がする。
瞳子さんは微笑みながら顔の前で手を合わせて縦ロールを揺らせた。
「瞳子ね、今朝小百合さんを見たんですの。とても幸せそうなお顔をなさって」
「……え?」
「あら、覚えてないんですの? ほら、見ていたのでしょう? 紅薔薇さまを」
え、と言葉がつまる。凪紗さまを見ていたのは確かなことだけど紅薔薇さま、いわゆる小笠原祥子さまを見てた覚えは全く無い。
そう思いながら今朝の記憶を思い返していく。…ああ、そういえば。
凪紗さまの前に歩いていたのは紛れも無く紅薔薇さまであった。
「……思い出した。でも瞳子さん、残念ながら紅薔薇さまのことではないの」
「そうでしたの……っ! やだ瞳子ったら勘違いして……。ごめんなさい」
シュンとなったクラスメイトをどうしたらいいかおろおろしていると救世主と言ってもいいくらい頼もしい乃梨子さんの姿が見えた。乃梨子さんは瞳子さんや山百合会の方々の企みであの白薔薇さま、志摩子さまの妹となられた人である。
乃梨子さんは瞳子さんの腕を引っ張って、「ストップ」と言った。
「瞳子が何するかは勝手だけど、そういう演技はよくないよ」
「なっ! 私はただ小百合さんに今朝の話をしただけ。乃梨子さんには関係ないはずよっ」
演技、と見抜かれたのが癇に障ったのか瞳子さんが声を荒げて言った。やっぱり親しいからか、瞳子さんの本性らしき性格が出ている気がする。私みたいな他人には猫被ったような甘ったるい声だけど、乃梨子さんに対しては違う気がする。
乃梨子さんが無愛想に「ごめん、瞳子が迷惑かけて」とだけ言っていなくなった。
瞳子さんに言われて、初めて分かった。
私は凪紗さまを見ている顔は誰が見てもわかるような幸せな顔をしていることを。
「……うーん」
彼女が演劇部だからかもしれない、けれど。
少しは人目を気にして凪紗さまを見たほうがいいのかな、なんて。けど逆にそのほうが目立ってしまいそうだなと考え込む。
「……って」
私は微笑した。
こんな些細なことでも考えられるんだ。そして私が凪紗さまを見ることは当たり前になってるんだ。…こんなにも私の頭は凪紗さまでいっぱいなんだ。
話したことは、一度きり。
凪紗さまが覚えてるなんて保障はどこにもない。凪紗さまが私を見て気づいてくれるわけない。それでも、きっと。
私はこれからも、凪紗さまを見かけたら目で追うのだろう。何故だか断言できた。
「小百合さん、次移動教室よ。一緒に行きましょう」
「ええ。……ごめんなさい智子さん、裁縫箱少し持ってもらえる?」
「もちろん」
智子さんに裁縫箱を預けて、乱れつつあったタイを綺麗に結びなおす。
「小百合さんて几帳面なのね」
「そんなことないわ。……でも、いつでもマリア様が見ているから」
そうね、と微笑む智子さんと一緒に歩き始める。
マリア様が見ているから、もそうだけれどそれ以外にも理由はある。
いつでも凪紗さまとすれ違ってもいいように。
きっと私の頭はそういう風に出来ているんだろうと思うと、無意識に笑みが零れていた。
2010/07/31 up...
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