さよならのかわりに 02
「ご覧になって! 紅薔薇さまのつぼみと黄薔薇さまのつぼみよっ」
クラスメイトの声が教室に響く。今はお昼休みだからいいけれども。
一緒にお昼ご飯を食べていた智子さんが立ち上がって窓から下を覗いている。確か彼女は紅薔薇さまのつぼみ、福沢祐巳さまに憧れていたはず。何でも山百合会なのに気取っていないありのままな性格と一緒にいると安心できそうなあの笑顔が好きならしい。
私はそこまで山百合会に依存してはいない。もちろん憧れではあるしお話してみたいし、すれ違えば挨拶したい。けれども誰が好きとかそんなのじゃなくて、ただ漠然な憧れ。
「……小百合さんって意外ね。……山百合会の方々好きじゃないの?」
「えっ? ……っ、瞳子さんだって祐巳さまは嫌いなんじゃ……」
「でも祐巳さま、だけ。薔薇さまは大好きよ」
そう不機嫌そうに言いながら横を向く。けれど横とは窓の方向で、目は必死につぼみのお2人を探しているように見えた。クラスメイトが「祐巳さまが手を振ってくださいましたわ!」と言葉にした瞬間、瞳子さんはピクリと反応した。
「ねぇ、瞳子さんってもしかして」
「……もしかして?」
「祐巳さまが、好きなの?」
勘で言ってみたものの、瞳子さんは驚いたように目を見開いた。もしかして図星なのだろうか。
瞳子さんは少し頬を赤く染め、目を細めながら「……さあね」と呟いた。そしてにやりと口元を上げて、小百合を見た。
「な、何? 私誰にも言わないわよ?」
「ふふ、瞳子も当てちゃう! 小百合さんは3年生の水原凪紗さまが好きなのでしょう?」
え、とつまる。そんな小百合の姿を見て瞳子さんは嬉しそうに首をかしげた。
ああこの子、やっぱり厄介。
「だってぇ、今朝見てたんでしょう? 紅薔薇さまではなく、凪紗さまを」
ふふふ、とバネを揺らしながら微笑む瞳子さん。ここまで来たらもうキッパリ言ってしまった方が楽なのかもという考えがよぎる。面倒くさいなぁと思っていると丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。
瞳子さんは席に戻っていった。祐巳さまについての口止めは一切せず。
信用されているのかな、と1人自惚れに浸っていた。
*
「……ふぅ」
部に所属していない小百合はゆっくりとマリア様の前で手を合わせて、目を開いた。
無意識のうちに出たため息に苦笑しながらも、校門に向かって歩いていく。
ため息の原因はわかっている。教室を出たときに見た乃梨子さんの幸せそうな笑顔が頭から離れないからだ。志摩子さまが教室まで乃梨子さんを迎えに来ていた。
そのときの乃梨子さんといったら。
もしかしたら、凪紗さまを見ている小百合の顔は先ほど乃梨子さんの顔みたいなのか。
「お1人?」
「……え」
後ろから聞こえる声に振り返る。もちろんスカートを翻さないように優雅に。
そこに立っていたのはマリア様のように美しい上級生。
こげ茶色の綺麗な髪を胸まで垂らして、くりくりした瞳にふわふわした笑顔。花のような香りが漂っていて、顔も身体も1つ1つのつくりが美しい。
「……えっと、」
「1年生かしら? 私は2年桜組の三浦瑠奈。……ご一緒させてもらっていい?」
「え……っと、私は1年椿組の瀬戸小百合です。M駅方面でしたら」
「私もM駅方面! それじゃあ行きましょう」
ふわっと微笑んだ瑠奈さまは、とても親しみやすい方だった。同い年の祐巳さまや由乃さま、志摩子さまのお話だったりクラスメイトのお話だったり。いろんなお話をしてくださった。
そして彼女に姉も妹もいないこともわかった。
「瑠奈さまにお姉さまがいないなんて……」
「いろんな方に申し込まれたんだけど、この人って人がいなくて」
そう苦笑していた。妹の申し込みもまだしたことはないという。
瑠奈さまは笑いながら「姉とか妹とかに縛られたくないのよね」と言っていた。見た目によらず意外と強気な方なのかもしれないと思いながら話を聞いていた。
「……憧れる人は、もう卒業してしまったし」
瑠奈さまのお好きな方はもう卒業してしまった。だから姉を作らないのかと1人納得してしまう。そしてその方のように好きになった1年生でなければ妹にする気はないのだろう。
言葉を紡ぐ瑠奈さまの瞳が、自分が凪紗さまを見つめるときの瞳とどこか似ているようで、瑠奈さまに聞こえないようにふふ、と笑った。
2010/08/08 up...
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