答えを探しに
「……どうしよう」
今更謝りに行ったって迷惑なだけだし。謝ったってこの状況が変わるわけでもないし。棗くんも居るんだから、余計迷惑がかかるだけ。
……正田先輩の言う通りだ。
佐倉先輩は、自分を犠牲にしてでも棗くんを守ろうとしている。自分が悪者になっても。それに比べて私は。目の前だけの情報に騙されて、棗くんや佐倉先輩の心の奥を見ようとはしなかった。
「――っ、……え?」
え……。今!
今、確かに聞こえたのだ。ここからは結構距離は離れているけれど。
『日向棗が脱走するって。校長にちくろうぜ!』……声からして、高等部生の人達。きっと棗くんに恨みか何かを持っていて。
どうしよう、どうしよう。
今は授業中。先生を探そうにも怒られるだけ。だからといって行動を起こすのも……っ。
けど。
「行くしかないか!」
体力には自信は無いから、すぐに息が荒れてしまったけれど。出来る限りの全力疾走で走る。棗くんや佐倉先輩が集まって話しているところへ。
どうか間に合って欲しい。
佐倉先輩のアリスで、瞬間移動のアリスを手にしているとしたら。それも大きな石だったら。無効化や今井先輩の協力があれば、学園の外に出るなんてきっと簡単な事でしかない。だからこそ、今は急がなくてはいけない。
バンッ、と大きな音を立てて扉を開く。
「何事!?」
流架先輩の驚きを隠せない一言に、3人の目が一斉にこちらをむく。視線が痛々しい。自分は場違いだし、会話からして内密な会議だったから。そして何より、場所を知られるだなんて思ってもいなかっただろう。その証拠に、4人とも目を見開いて驚いている。
「佐倉先輩、……その、さっきはごめんなさい!」
「え? あ……さっきの子か」
「それで、さっきアリスで聞こえたんですけど……」
「アリスって? 貴方は何のアリス?」
「あ、この子、多分超聴力」
「その……、高等部生が校長にちくるって。この事……」
息を切らし涙目で状況を説明すると、佐倉先輩は優しい目でこちらを向く。その目はアリスを理由なしに盗むような、そんな人の目ではなかった。
「安心して。棗はまた帰ってくるし。校長に対しては秘策がある」
「でも……っ」
「棗君が心配だと思うけど、此処は私達に任せて」
「……っ」
「1人じゃない。4人の力で棗は外に出るんだから」
佐倉先輩、今井先輩、流架先輩に宥められてようやく冷静さを取り戻す。学園の権力者ほどの人間が学園を脱走しようと計画を立てているなんて論外すぎる。だから、校長たちは絶対にこの噂を嗅ぎ付けているはず。なのに。
……なんでこの人達、こんなに冷静なのだろう。
これが歳の差というものなのだろうか?けれど、私がこの歳になってもきっとこんなに冷静ではいられないと思う。
「葵が病気らしいから会いに行くだけだ。問題は無い」
「……はい」
「あ、ねぇ。あなたは超聴力?」
「そうですけど……」
「じゃぁ、ちょっと手伝って。この問題に関わる事だから」
「蜜柑、何考えて……」
「超聴力で、聞いてもらうの。この問題が何処まで広がってるか」
それがいいわね、って今井先輩が頷きながら言った。今井先輩がうっすらと笑みを浮かべていた。その時に棗くんはこの部屋には居なかった。きっと、4人の中で決まった何かの合図があったのだろう。
棗くん、どうか無事に学園に帰ってきて。
私はこれをきっかけに、佐倉先輩の事を少し好きになれた気がした。
*
「日向先輩が帰ってきたって!」
「……本当!?」
2週間で学園に戻ってくるなんて。わざわざアリスを盗らなくても平気だった気がする。すぐに戻ってくるなら、こんな大事にしないで本当に内密にしてしまえばよかったのに。
……私みたいなアリスがいるから、内密にできないんだろうな。ははっ、と軽く笑う。そして棗くんが居るであろう、高等部の寮に向かう。
「……え」
今日棗くんが帰ってくる事や、高等部寮に居る事も全部内密だったはず。しかし、正田先輩率いるファンクラブ員たちが黄色い悲鳴を上げて、棗くんを待っている。私も会員なのにそんな話一度も聞いていない。そこまで熱狂的じゃないように見えたのか。
初等部生のファン会員が後ろでピョンピョン跳ねている中、前へ進む。これでもか、というくらい女子の大群がいたけど、小さくなって流れに任せて前に向かう。ちょうど前へ躍り出た時、扉が開いた。
「キャーっ! なつめくーんっ!」
「……うっせ」
「これから教室行くから、そこ通してもらっていいかな」
「蜜柑、かまってないでさっさと歩く」
「……はーい」
「蛍、ちょっときつ過ぎ」
「流架は黙ってなさい」
4人の会話のやり取りを、黄色い悲鳴を上げながらファン会員は見守っている。よくよく見れば、会員以外もいるんだけど。それにみんな棗くんだけじゃなく、4人全員が好きなんだ。最後に佐倉先輩が野次馬に手を振って、騒ぎは納まった。
もう佐倉先輩や棗くんは、私の事なんて覚えてはいなかった。全校生徒のファンの中の一人という小さな存在だから、覚えてるって思わなかったけど。
だから、それほどショックは受けなかった。
それでもいいや、って思えるくらい、気持ちが晴れ晴れしていた。
「……正田先輩、なつ……日向先輩に伝えてください」
「? いいけど」
「いい彼女ですね、って」
何故だか、この事件をきっかけにもっと棗くんを好きになれた。話す事も出来たし。それに、佐倉先輩のことも、いい人だと思えるようになった。
棗くんを知る、いい機会だったと思う。
「……さて、新しい好きな人でも作ろうかな!」
……いつか佐倉先輩みたいに、自分を犠牲にしても人を守れる人になりたいから。
2009/12/22 up...
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