答えを探しに
「え、嘘!?」
「や、本当らしい。日向先輩、アリス無くなっちゃったって」
ここ数日になって流れ始めた噂に、私たち中等部生が食いついている噂がある。今までもいろんな噂はあったし噂話は耐えなかった。誰と誰が恋人になったとか、誰の兄弟がアリスだったとか。けど今回は、そんな地味で在りきたりな噂とは一味違うのだ。
それは、
『女子の憧れ日向棗が、恋人の盗みのアリスでアリスを失った』
という噂だった。最初は信じていなかったけど噂の真相を知れば知るほど現実味があって。中等部生の盛り上がりと言えば、この話一色と言っていいような勢いで噂は広がっている。このカップルは誰が見ても憧れるほどの美男美女で、お似合いだった。棗くんのファンはたくさんいたけれど、佐倉先輩には叶わないってみんな諦めてった。
私もその1人でしかないんだけどさ。
親しげに『棗くん』なんて呼んでるけれど、喋った事なんか1度たりともないし。そもそも棗くんは、 中等部生なんか相手にしないだけだった。
……棗くんがアリス失ったら、もう顔を見る事だってできないじゃん。
佐倉先輩は、すごくいい人で優しくて完璧な人って聞いていた。だから皆、納得したのだ。だから私も、ファンクラブの人も棗くんを託したはずなのに。
なのに、なのに……。
「ねぇ、あれ陽一くんじゃない?」
「本当だ。陽一くんなら日向先輩の噂、何か知ってるかも」
「……私、行ってくる」
このままじゃ気が納まらない。あの噂の本当の真相が知りたいんだ。棗くんに会えないなんて、学校に居る意味が無い。学園に留まる理由に棗くんは入る。だからと言って、棗くんが居なくなったからって学園を出る勇気なんて無いんだけど。
アリスの種類に文句は無い。だってこんな時に役立つ超聴力だから。
「陽一くん!」
「……っ。兄ちゃんの事なら知らねぇからな!」
「嘘つき。何か知ってるくせに」
「知らねぇよ! ……内容は蜜柑の方が知ってる」
陽一くんは眉間にしわを寄せ大声で叫ぶと、廊下を走って目の前から居なくなってしまう。こうなる事なんてわかってはいたけど。がっかりする前にアリスを発動させる。
精神を集中させる。
超聴力で佐倉先輩を探す。陽一くんが言ったように、本人に聞くのが一番なはず。会話1つ1つに集中して聞いている、その刹那。
「……中等部生さん? 授業始まるよ」
聞き覚えのある声に顔をあげる。
「! ……佐倉先輩」
「どうしたの? まさかこの歳で迷子?」
「……っ、日向先輩のアリス盗んだって本当ですか!?」
「……」
「恋人なのに……っ。会えなくなっていいんですか!? 私は……っ、耐えられない……」
息を切らしながら気持ちを伝える。国語の評価は低いから伝わないかもしれないけど。言葉で伝わらなくても、表情や行為でわかってくれるだろうと考えて。けれど、佐倉先輩の表情はかなり複雑で、どんな事を思っているのか予想が付かない。
ただ、何も喋っていないのはわかる。
……何か言ってよ、先輩……。
小声でも私には伝わるから。言葉にしないと佐倉先輩の気持ちはわからないんです。
「棗のファン?」
「……本気で好きです」
「そっか。……でも、棗はもう居なくなっちゃうよ」
「……え、」
「――私のアリスで、……盗んだから」
「……っ!? ……どうして!?」
「どうしてもこうしてもないでしょ。……チャイム鳴るわよ」
授業に遅れるからさっさと戻りな、と言いたげに背中を軽く押された。佐倉先輩は中等部生までは関西弁だったらしいけど、標準語にすごい慣れている。
……棗くんはどうしてこんな人選んだのっ!?
もし、もし。もしも棗くんがアリスを盗むように頼んだとしても私は絶対に許せない。棗くんの顔を見れるだけでも幸せだと感じている私達はどうするの。ファンとしてじゃなきゃ棗くんと関われない私たちは。話したことも無い私たちは。
「……っ! 佐倉先輩ってもっといい人だと思っていました!」
「……」
「もっともっと、優しい人だと思っていました!」
「……私もよ。……私自身もそうなんだから……っ」
佐倉先輩の背中に向かって吠えると、佐倉先輩は小声で呟いていた。
……私自身も、って……何よそれ。
ずるいじゃんか。そんな事言われたら、こっちは何も言い返せないじゃない。きっと、棗くんを一番に思っているのは佐倉先輩で。けれど何かの歯車が上手くかみ合わなかった結果なのかもしれない、今回の噂は。
「……あなた、ちょっと言いすぎじゃない?」
「! 正田先輩」
声の主は言わずと知れた棗くん流架くんのファンクラブ会長の正田先輩。会長は佐倉先輩とも棗くんとも結構仲がよくて、今回の噂はかなり知っていそうだった。けれど、ファンクラブ員には何も言わずに今回の噂は流しなさい。と促しただけだった。
「佐倉さんは、意味もなしに棗くんのアリスを盗ったりしないわ」
「でも……」
「彼女は自分を犠牲にしてでも、大切な人を守るの」
「……っ」
「わかったなら、変な噂に惑わされないで。あなたはファンクラブの会員でしょう」
「……はい」
しぶしぶながらも私は納得して、正田先輩を見送る。彼女は教科書を何冊か持っていた。高等部生がやたらに通ると思ったら、移動教室らしい。
……けど、アリスは盗ったんでしょう。
もう、成績だの星階級だの関係なくなった。この噂の真実を探るのだ。
アリス発動すれば、情報を得れるはずだから。
探してみると、佐倉先輩がいる所の会話が見つかる。はきはきとした声で聞き取りやすい。佐倉先輩以外のこの声は今井先輩や流架先輩。そして棗くんの声。この4人組は私が入学した当時から知っていた。そして有名だった。美男美女でWカップル。裏問題とかも在ったりしたけど、4人の存在自体が目立っていた。憧れている生徒もきっと多いはず。
「棗、本当によかったの? みんな心配してたよ」
「……ああ」
「貴方が良くっても、蜜柑に負担がかかるの。今日も中等部生に言われたみたいだし」
「けど、佐倉に頼むしかなかったから……」
「流架は甘いのよっ!」
「……蛍。気にしなくていいよ。私は何言われても平気だから」
「悪いな蜜柑」
「ん。けど棗、早く行ったほうがいいんじゃないの? 葵ちゃん、待ってると思う」
葵ちゃん? 聞いたことがある。……そう、確か棗くんの妹さん。地下に幽閉されたけど、棗くん達に助け出されて外で平和に暮らしてるんじゃないの?
……妹さんに何かあったんだ。
それで助けるためには外に行かなくっちゃ行けなくて。
以前、高等部には外に出られる穴があったけど、あれも2度と使わないって掟が出来たし。
それで、佐倉先輩に……。
私、最低だ……。
佐倉先輩が一番、棗くんの事を想っているのに。考えているのに……
2009/12/22 up...
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