恋占い
ようやく一仕事終わったな、と腰に手をあてて立ち上がる。手や身体についた土がはらはらと落ちていく。暑い。夏の月はさすがに身体にくる。
今日収穫したトマトは出荷箱に入れてなかったな、と思い立ち出荷箱に急ぐ。そろそろマナの来る時間だ。手早く出荷しとかないと。
「トマト9個、あとは……アクアマリンかな」
トリエステの森でとったアクアマリンも出荷箱にいれる。ユエさんにプレゼントしようか迷ったけど種を買うお金にも危機が訪れそうなのでやめた。
出荷箱に入れて、そろそろ入浴に行こうかなと思っていると遠くから歩いてくるマナの姿が目に映った。
いつもならスキップとか音符とかが似合いそうな歩き方をしているのに、今日はなんだか違う。不機嫌そうにドスドス歩いているように見える。
どうしたんだろう。お客が誰も来なかったとか? いや、そんな事でマナはへこたれなさそうだし、むしろ明日こそ! とか意気込みそうだし。そう思っているとマナが口を開いた。
「カイル聞いてよっ! アリシアったら酷いのよ!」
ぷんぷんしながら口を尖らせる。
すると後ろからマナを怒らせた張本人の姿が見える。アリシアさんは嬉しそうにルンルンしながら歩いている。
「ちょっとマナー。さっきの占いは当たってるのよ! だってこの私が占ったんだし?」
「当たってなんかないもん! あたしは恋愛に向いてないとか酷いわ」
「だってそう出たのよ。ねっ、カイル」
同意を求められて慌てる。アリシアさんの占いは当たらないとはいえ恋占いは別だし。だからってアリシアさんの味方についたらマナは激しく怒るだろう。逆にマナの味方をしてもアリシアさんが大変なことになるのは予想がつく。
だからとりあえず、はははと笑ってみる。
生温かい風が通り抜ける。風に乗ってお風呂の入浴剤の匂いが通り過ぎていく。
「もー! アリシアは帰って! あたしはこれから仕事なのっ」
「今回のお代はチャラにしといてあげるわ」
「当たり前! あたしは占ってほしいなんて言ってないもの」
ぷんと頬を膨らませてアリシアさんが帰っていくのを見ているマナ。そしてアリシアさんの姿が見えなくなったらマナは出荷箱へと小走りする。
暑さに汗がつーっと頬に伝う。
マナが出荷箱の中に何も入っていないことを確認し、泣きそうな顔で振り向く。マナの頬にも汗が伝っている。
「……マナ?」
「カ……カイルもさ、あたしが恋愛に不向きに見える?」
「えっと、」
「正直に言って。同情なんかしなくていいからさ」
泣きそうに笑うマナを見て少し苦しくなる。正直言うも何も恋愛自体よくわからないのだから言ったところで傷つけると思うし。
困った。どうすればいいのだろう。マナは相変わらず哀しそうな顔でこちらを見つめている。手からトマトが落ちそうだ。うろたえたカイルを見て、マナが深くため息をついた。
「カイルもそう思うんだ。……そうなんだ」
「そんなことないと思うよ、マナ」
「え……?」
「恋愛の向き不向きなんてわかんないけど、僕はマナに好きって言われたら嬉しいよ?」
えっ!? とマナが顔を赤くしながら慌てる。
やばい、何か変なことでも言ってしまったのだろうか。心の中でものすごく焦る。
少しの沈黙が続く。カイルは話し出せずに止まっている。マナは俯いたまま動かないし。
「……るい」
「えっ?」
「ずるいって言ったのっ! ……カイルのばか、ずるいよ。……カイルの鈍感」
「ちょ……、さすがに言いすぎじゃ……」
そうマナを止めようとすると、マナがぎゅっと手を握りしめてきた。驚きながらマナを見ると顔を赤らめながら小さく呟いた。
「……あたしは、……カイルの隣にいれれば、それでいいから……っ」
「マ、ナ……」
優しくマナの手を握り返す。
恋愛なんてまだわからないし、恋人がいたかなんて記憶喪失だからわかんないけど。
でも。
「ありがとう、マナ」
そう言うとマナはにっこり笑った。
そして「またね!」と言って手を振りながら帰っていく。生温かい風が吹きぬける。同時にマナの香りが漂う。
とにかく、この場にダグラスさんがいなくてよかったなと思ってしまう。
「……よし、お風呂に行くか」
アリシアさんが占った恋占いは、珍しく外れる予感がした。
2010/06/23 up...
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