笑ってください
……ねぇ、笑って?
*
「佐倉……っ」
なんて声をかければいいのだろうか。無力で仕方無い俺は彼女の為に何をできるのだろう。棗がいなくなって数日。笑顔を忘れてしまった佐倉に声をかけられぬまま過ぎ去った時間。
俺には何も出来ない。
棗から佐倉を奪うことも、佐倉の心から棗を奪い去ることも。どちらも大切な人で大好きな人だから、傷つけることを恐れてしまう自分が此処にいる。
わかってるんだ、そんな事。
それでも辛そうに笑う彼女は嫌だ。強がるただの子供でしかない事なんてわかってる。
「……ル……カぴょん……?」
いたんだ……、と力が抜けた顔でこちらをむく。いつもの明るさはどこかに消えてしまった。無力、と言い訳しかできない自分。俺は何も出来ない。否、何もすることができない。
佐倉の笑顔を取り戻す為に努めて、笑顔にさせることも。棗の代わりに危険能力系の任務に出て、棗の代わりに心身ともに傷つくことも。何一つ出来やしないんだ。
「佐倉……、棗は帰ってくるよ?」
「……わからへんやんっ、そんな事……!」
何をしていいのかわからぬまま、佐倉の肩に手をかける。が、思いっきり放されてしまう。行き場を失った右手は、虚しく宙を彷徨い、結局は元の場所に納まってしまう。佐倉に必要なのは、俺じゃない。…世界中でたった一人しかいない。棗でしかないんだ。
「……棗は帰ってくるよ」
「…………っ」
「だから、……それまでの我慢だから」
優しく頭を撫でると、佐倉は涙腺が切れたのか、涙をぼろぼろこぼし始めた。涙を流すなんて綺麗な表現よりも。涙をこぼすといった表現の方が佐倉にはよく似合う。大粒の涙が床に零れ落ちるのを二人で静かに見守っていた。
俺は結局、無力な存在なんだ。
棗の事も佐倉の事も大事で、失いたくなくて。自分のわがままをぶつけてるだけなんだ。
棗の姿が目の前から無くなったところで、佐倉を奪いたいとは思わないし。佐倉があの太陽のような笑顔を失ったところで、棗を取り戻せるわけでもない。
「流架……ぴょん……」
「だからさ……、――せめて、笑って?」
佐倉がいつも幸せそうな笑顔でいることは、棗が一番望んでいたことで。笑顔が消えないように、彼女の隣で生活してたのが棗だから。俺は無力な人間なんだ。
――だからこそ、二人の望みを叶えたいんだ。
2009/12/21 up...
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