僕の生きる意味
「……翼」
この病院からは遠く離れた校舎で勉強に苦戦してるであろう、友達の名前を呼んでみる。勿論返事なんてなく、言葉がむなしく響いているだけ。この白い部屋では虚しさが増す。カーテンが綺麗に波打っている中、「わぁ……」という歓声の声が聞こえ、外を見る。一面青く染まり、雲ひとつ無い空のじゅうたんに、綺麗な七色の橋が架かっている。
虹を見たのは久しぶりだ。それもこんなにも綺麗で、色も鮮やかな虹は。
__いつの間に雨が降り、そして、いつの間にやんだのだろう。
ふと、窓枠を見てみる。寝る前には無かったはずの一輪の向日葵の花が置いてある。その向日葵を見ると笑みがこぼれてきた。
この小ぶりでオレンジ色が掛かった、小さくて可愛い向日葵には確かに見覚えがあるのだ。彼の家の庭に種を植えたことを、ついこの間の事のように、鮮明に覚えている。
にしてもこの雨の中来たのか、向日葵に水滴が光っている。水を苦手とする彼が、ずぶぬれになってしまった状態を想像すると、心配でならなかった。
「ベア……」
毎日来てくれている、このお見舞いも、そろそろ終わりを迎えてあげなくてはならない。そっと、自分の手の中にアリスストーンを作ってみる。小さなアリスの結晶が輝いている。
そう、これが僕の命のかけらだ。
別にこの世を去ろうとか、居なくなろうとか、そういうことを思っているわけじゃない。けれど何のために僕は生きているのだろうか。僕の存在価値はなんなのだろうか。ベアは、翼や蜜柑ちゃんがいるし、僕の魂を分けた子達も、幸せに暮らしているはず。
他に僕を必要としているのは誰なのだろうか。
「かーなめっ!」
久しぶり! と、声を上げて病室に入ってくる男女2人組。試験のせいか、久しぶりに見る。幼少時代からの友達で、能力別クラスも一緒。付き合うに付き合えない不器用な二人。
綺麗で鮮やかな色をした花束を手にし、花瓶の花を手際よく取り替えている美咲。翼の手に掴まれている濡れた茶色の物体が、もぞもぞ動いたので、気になって見てみる。それは紛れも無く、向日葵を置いていった犯人だった。
「要、こいつ病院の前で寝てたぞ?」
にひひ、と歯を見せて笑いながら、熊のぬいぐるみをベットの僕に向けてに投げてきた。上手く両手でキャッチし、濡れた頭をそっと撫でながら思ってしまう。
……ベアはまだ、僕が一番なんだ、と。
よく晴れた日の夕方、真っ赤な太陽が西に沈み、昇り始める月は白い光を放っていた。この真っ白い病室にもだんだんと慣れてきた気がする。欲を言っていいならば、丈夫な身体になって、彼らとともに学園生活をしたい。そして、もっと身近にベアを感じていたい。ベアに僕を感じさせていたい。
「翼……ありがと」
「此処にきてくれて。僕と仲良くしてくれて」と言いつけて微笑む。そんな僕を見て翼は軽く笑い、心配している。僕は感謝しているだけなのに。美咲もベアも呆れたように笑っていた。
「俺でよければ、何でも聞いてやるぜ」
「……ふふ。そういうと思った。じゃあ、聞いてもらおうか」
そういうと、どんどんと翼の笑顔が引きつっていくのがわかる。
翼が言ったんだろう? 何でも聞いてやる、って。だからお願い聞いてもらおうか。
こんな事に騙されるようじゃ、まだまだだな。翼も。
一呼吸置いて、翼と美咲を見る。花瓶にはオレンジ色の向日葵も刺さっている。
此処は確かに僕の居場所なんだ。
「翼と美咲、そろそろ付き合えば?」
そう、付き合ってよ。
少しでも僕のおかげで関係を持てたならば、きっと、みんな僕の事を忘れないだろう。心から消えないで欲しいんだ。少しでも長く、誰かの心で行き続けて居たいから。
生きる意味なんて知らなくていい。存在価値なんていらない。誰かの心で僕は生きていられる。ただそれだけでいいじゃないか。
……そう。
たとえ、僕がこの世から居なくなっても。
2009/12/20 up...
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