朝顔の咲く日
一週間前に植えて育てていた朝顔の種が、いつの間にか小さな芽を覗かせていた。青々とした綺麗な緑色の芽は、いまにも崩れてしまいそうな小さな芽で触れられなかった。
それに、本当は此処に植えたかったわけじゃない。丁度、この公園落としてしまったのだ。
……でも、ここなら皆が見てくれるかもしれない。と期待を胸に膨らませる。
家の庭に植えても、お父さんとお兄ちゃんがたまに見てくれるかどうか、と思うくらいだ。
ならばこの公園で、いろんな人に見られて「綺麗」と言われる方が朝顔にとっても嬉しいはず。だから毎朝、じょうろを公園に持っていって、公園で水を入れる。日課になりつつある。じょうろから出る太陽に光る水が、土に消えていく姿がすごく綺麗で。
「そっか、いつの間にか芽が出てたんだ〜!」
早く大きくなって綺麗な花を見せてね。願いを込めながら、優しく朝顔の芽に手を伸ばす。けど、触れると崩れてしまいそうで怖かった。朝顔を潰してしまいそうで怖かった。だから触れずににこりと笑う。
「早く大きくなーあれっ!」と、じょうろから水を出しながら優しくおまじないをかける。
じょうろの中身が空になるのを確認して立ち上がる。じょうろを手にし丘の上の家に向かう。この道はいつも学校に行く時と、帰る時に通る通学路。だから見慣れた景色なのに。朝は少し違った風景が目に入り、新鮮に感じる。そして鼻歌が自然と出る。
「朝顔が咲いたら、お兄ちゃんにも見せたいな」
*
いつも通り玄関に掛かっているじょうろを手にとって、公園に向かって小走りする。昨日は蕾がいい感じに膨らんで、すぐにでも花が咲きそうなくらい色もついていた。朝顔は朝にしか咲かないから。朝にしか花は見れないから。
後ろを振り返ると、眠そうに歩くお兄ちゃんの姿がある。大きなあくびをしている。けれど、嫌々ながらも公園に付いて来てくれるから大好きなんだ。お兄ちゃんの事。
「お兄ちゃん! ほらっ! あそこだ――」
「……先客みたいだな」
公園の隅には、つるを充分に伸ばして綺麗な赤と青の朝顔を咲かせている。その綺麗に咲いた朝顔の前に、私やお兄ちゃんと同年齢くらいのツインテールをした女の子が立っている。私たちの足音に気づいたのか、女の子はゆっくり後ろを向く。
女の子は可愛らしく微笑んだ。お兄ちゃんも自分も、朝顔の方へ歩いていった。栗色の髪の毛を揺らしながら、女の子は笑みを浮かべた。
「あの朝顔、綺麗やな!」
「ありがとうっ! 私が育てたんだ。……えっと?」
「うち、この公園の裏に引っ越して来たんや。よろしゅうな!」
公園の裏、と言われそちらの方を見る。綺麗な新築の大きめな家が建っている。玄関の扉が開いて、家から美人な女の人が出てくる。女の子の視線に気づいたのか、女性は手を振る。
彼女は「お母さん!」と言いながら手を振っている。傍には引越し屋のトラックがある。そうか、そういえば今日はあの家に人が来る、って友達が言っていた。
彼女のお母さんが「蜜柑、手伝って!」と叫んでいる。彼女の名前は『蜜柑』というのか。目をこらしてみると、表札には『佐倉』と書かれている。
「……佐倉、蜜柑ちゃん?」
「そうやで。……っと」
「私は日向葵。こっちはお兄ちゃんの棗。よろしくね! 蜜柑ちゃん」
朝顔が花開いた日、彼女はこの町にやってきた。
これからも毎朝じょうろを持ってこの公園に来よう。そして、蜜柑ちゃんと会おう。
__朝顔の咲く日、私は運命を感じました。
2009/12/19 up...
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