花を摘んで
          

 
「……綺麗」

思わず感動を声にする。瞬間に出てしまったこの言葉は本当に心のままの言葉だろう。寒さのせいだろうか。鼻は赤く染まりマフラーから出る白い息は空中に消えていく。
こんな夜に寮を出て外にいるのは何年ぶりだろう。と蜜柑は思い浸った。
初等部の頃、じーちゃんに会いに流架や蛍に手伝ってもらい寮を抜け出したんだっけ。なのに今はこんなにも堂々と、北の森の広間で転がって天を見ている。無数の星が模様のように広がり、時には流れ星も見える。そんな冬の夜空だ。

マフラーに手袋にコートと、防寒には自信があったものの、冬の夜は寒い。寒すぎる。手袋をしていても悴んでしまう手をこすっていると、隣にいる棗の手に包まれた。

「……だな」
「あー棗! 今どうでもいいって思ったろ!」
 
静かな森に響く笑い声。此処で無効化のアリスだと発覚したのが今となっては懐かしい。今は高等部生になった。歳を重ねるごとに二人の絆は深まり、今や結婚目前となっていた。付き合って長いのに、初々しさや友達らしさを無くさない二人は誰が見てもお似合いだった。去年、学園新聞のアンケートで「ベストカップル賞」を受賞し、全校公認のカップルで。
 
高等部生になって、蜜柑は初等部の頃の出来事があってか、髪を結わず垂らしている。栗色の髪の毛はどんな時も周囲を明るくしてきた。綺麗なその髪に見惚れてしまうほど。
棗は大人になったものだ。性格は全くと言えるほど変わらないが、見た目は凄く大人びた。小さな体で必死に蜜柑を守っていたあの頃とは違う。自分の手で蜜柑を守ることが出来る。
 
「蜜柑、」
「……んー?」

棗の言葉に間を空けて返事をする蜜柑。先ほどまで何も考えてなかった事が嘘のように。
蜜柑は、これから棗が何をするのかわかっているような返事だった。わざと棗のほうを向かず、空を見上げて棗の言葉を、棗の行為を待っている。
 
カサ、と棗のポケットから出た音と同時に、取り出された小さな箱で綺麗なものだった。そう、女の子なら誰でも憧れるような。好きな人から貰いたいもの。
『結婚』と噂が流れていたものの、二人は肯定はしていなかった。婚約はしていないから。棗が箱の蓋をゆっくり開けて、出てきたのは眩しいくらいの宝石の輝きだった。綺麗な宝石のついた指輪は、棗らしいシンプルで。けれど、美しくて。

「……ガキの頃から決まってたよ。俺がお前にこれを渡すことは」
「なつめ……」
「今までと何も変わりないだろうけど。……これからも傍にいてくれるか?」

音もなく夜空に星が流れていく。森は夜空の光に照らされ幻想的な世界を作り出していた。蜜柑は満面の笑みと、少しの涙を浮かべて棗に抱きついた。

手には一輪の花を持って。

「……もちろんやっ! うち、棗の事大好きやからね!」
「ああ」
「でな、これ。そこに生えてたやつやけど……。指輪のお礼って事で!」

蜜柑が差し出した花は鮮やかなピンクの花だった。小振りでしぼんでしまいそうだけど。こんな寒い冬の夜に咲いた花は、夜空に光る星や月にも負けないくらい輝かしかった。見慣れてるただの花なのに、こうして幻想的な世界で見ると美しさは表現しきれないもの。
そして今、蜜柑の手から棗の手へと渡る。




___君のために花を摘んで、





2009/12/19 up...
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