紡ぐ音
「明日は雨だろうな」
唐突に開いた殿内の口からこぼれた言葉に疑問の目をしながら振り返る。窓から見える空を見上げれば天の川がくっきり見えるくらい星が宝石のように輝いている。空のどの部分を見ても「明日は雨」という予想はできないように思える。
図書室に誰かいるとは思わなかったのか、殿内は扉を開いて人影に気がついてしばらく静止していた。しかし図書室の椅子に腰を下ろしていた二人が持っているものを見て口を開いたのだ。
「どうして」
「だって櫻野と今井が短冊書いてるんだぜ? 明日槍が降ってもおかしくないって!」
そう言った殿内に冷ややかな目線を送り続けると殿内は慌てて「今の取り消します」と頭を下げた。隣で今井がふっと鼻で笑った。
高等部生で元執行部が短冊を書くのはおかしいのかもしれないが、短冊をもらったのだから書くしかないだろう、と殿内に聞こえないようにため息をついた。
「彼女たちにもらったんだよ、この短冊」
と窓の下に見える初等部生2人を指差した。茶髪の二つに結った髪を揺らしながらスキップしてる少女とその後ろを歩いている黒髪の少女。楽しそうに空を見上げている。
図書室による前に廊下を歩いていたら突然あの2人に声をかけられた。「短冊に願い事すると叶うんやって! 櫻野先輩たちもどうぞ!」と差し出されたのだから。
そう思い返すといい訳かもしれない。
書きたくないわけではなかった。むしろ逆で。短冊に何か書くのも悪くないと思っていたのは事実だし、だからって自分から短冊を取りにいくことはなかっただろうし。図書室に来たのだって星が綺麗に見えるだろうと思っていたのだし。
「で、殿内は何の用?」
「俺? 俺はどの女の子と七夕祭り行くか迷ってたら行くのめんどくなって、独りになりたくなった」
「それこそ明日槍が降るんじゃないのか」
今井に言い放たれて殿内は苦笑した。
短冊に書く内容を考えながら窓の外を見る。自分が初等部のころの七夕で先生と柚香さんと書いたなと思い出すと胸の奥がかすかに反応する。窓に映ってる自分の姿と今井の姿がいつの間にか子供の姿となって目に浮かぶ。
しばらくして、目を瞑ってふっと笑う。
「秀?」
「……いや、星が綺麗だと思ってさ」
空高く光る星のようにきっとあの頃は輝いていた。
なんて今更思っても遅い、そう思いながらペンを走らせる。書き終えてゆっくりペンの蓋を閉めて椅子から立ち上がる。
「短冊、笹の木にかけてくる」
「……俺も行くよ、秀」
「あ、ちょっ! 俺もついてっていい? というかついてくからな!」
3人揃って図書室を出る。ひらっと揺れた短冊に書かれた言葉を見て殿内が珍しそうに声を出す。
「『幸せに、暮らせますように』……って、なんかすげぇ漠然とした願い事だな」
なんと言われてもいい、そう思いながら歩いていく。
学園で幸せに暮らすなんて思う事態間違ってるのかもしれない、けどそれでもそう願わずにはいられない。なんて考えていると今井に話せば「明日槍が降る」とか言われるんだろうと考えたらふっと笑みがこぼれた。
笹の木に吊るした短冊が風に吹かれて揺れる。
その風にのって、過去と未来を紡ぐかのようにどこからか風鈴の音がちりんと聴こえた。
2010/07/07 up...
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