星空の彼方へ
「――つばさっ!」
そよそよと真上で短冊を吊るした笹の木が揺れている。初等部生だろうか、子供たちが空を指差して楽しそうに笑っていたり願い事が書かれた短冊を見て騒いでいる。
人で混雑しているものの、それほど暑くもない。風もあって涼しい夜だ。
美咲は小走りでやってくる男子生徒を見つけて微笑みながら声をあげる。待ち合わせなんてしていない。毎年恒例のような感じなんだ、今日この場所で会うのは。
「今年はいねーと思った……っ、けど美咲がいて良かった」
「七夕の夜に一人は寂しいもんなー」
まあそうだな、と翼は曖昧に笑ってポケットに手を突っ込んだ。
お前以外の誰といても意味ないから、と喉の手前まできた言葉を飲み込む。どんなに歳を重ねてもいえない言葉がすんなり言えるはずもない。
短冊がひらひらと宙を舞う。夜風が気持ちいい。そう思いながら歩いていると一枚の短冊が目に止まった。ピンクの短冊に子供の字で書かれた言葉。
「……『およめさんになりたい』だって」
「ふはっ、女の子の定番の願い事じゃん。……美咲は小さい頃こんなん書いてた?」
「まっさか! ……あーでも、……いや何でもない」
言葉を濁した美咲に疑問を覚えながらも、翼は笑いながら頭の上で腕を組んだ。
すると突然美咲が早足で歩き出す。それを見て目を丸くしながらも翼は美咲の後を追う。足を止めた先にあったのは短冊とペンだった。
美咲がそのペンと短冊を差し出す。
「え……っと、美咲さんそれは俺用の短冊でしょうか?」
「たりめーだろ、書く? 書かない?」
「ま、書くけどな」
翼は短冊を受け取って、ペンを握った。けれどペンが進まずにペン回しを始めてしまう。
それに比べて美咲はさらさらと書き上げて、笹の木に飾っている。
笹の木が揺れていろんな色の短冊が目に入る。オレンジ色の短冊を見て少しばかり静止した。それは美咲も同じだったらしく目を見開いて止まっている。
「……『ことしもつばさとなかよくできますように』」
その短冊に書かれていた言葉を呟くと美咲は頬を染めながら、そっぽを向いた。多分小さい頃に美咲が書いた短冊だろう。この笹の木は使い古しなのか。
先ほど言葉を濁していたのはこれが理由か、と翼は心の中で微笑むと自分用の短冊にペンを走らせた。
願い事なんて最初から決まっている、けど書けなかっただけだ。
そして美咲が飾った隣に短冊をぶら下げる。
「みさき、」
んだよ、と口を尖らせながら言う美咲に翼は呆れたように笑った。翼は自分の短冊が美咲に見えるように動かした。
「『美咲と付き合えますように』……って書いたんだけど」
美咲は驚きながらも笑った。そして自分の短冊にそっと手を掛けた。
そこに書かれていたのは、小さい頃に書いた文と全く一緒で『今年も翼と仲良く出来ますように』だった。
翼はゆっくりと美咲の手を握った。
空には天の川が綺麗に見える。きっと天でも織姫と彦星が幸せそうに手を握っているだろう。
そよそよと揺れる笹の木には幼い字で書かれた美咲の短冊の隣に、『みさきとずっといっしょにいられますように』と書かれた幼い字の短冊が揺れている。
星空の彼方へと伸びる笹の木は、今宵も短冊を揺らしながら願い事と叶えるのだろう。
2010/07/05 up...
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