幸せな未来
「なーつーめっ!」
星階級がスペシャルの豪華な部屋、つまりは棗の部屋の扉をバンという音を立てて開け、部屋に飛び込む勢いで入ってきた少女。もう成長して少女とは言いづらい容姿には近づいてきたのだが。
そんな彼女が手に持ってるのは小さい包みで、綺麗にラッピングされている。
そういえば、今朝会った時に蜜柑に午後お菓子を作るから待っててーなっ!と元気に報告された気がする。こいつが食べ物を作っていいのか、と疑問を持っていた為、印象強く残っている。
「……ドアくらい静かに開けろ」
別に不機嫌なわけじゃない。怒ってるわけでもない。ただ単に眠いだけだ。むしろこうやって蜜柑が会いに来てくれること自体すごく嬉しい。
けれど彼女には不機嫌である発言に聞こえたのか、笑顔だった顔が急激に曇る。しかし、目線を小包に向けたことに気づいたのか、すぐにまた明るくなって小包を出した。
仕方ない、とベットに座っていた身体を立ち上がらせて雑誌を無造作において、蜜柑のいる机の方へ歩いていく。蜜柑はきらきらと目を輝かせながら待っている。
スペシャルなだけあって、部屋は広く置いてある家具も高級だ。部屋に響くのは外から聞こえる初等部生の明るい元気な声と、虫の鳴く声。
「……で、これは何だ?」
「クッキーや! あんなあんなー、これ、うちが作ったんやで!」
嬉しそうに幸せそうな笑顔で話す蜜柑。
自分で作った、と言わなくてもその手に貼られたばんそうこうでよくわかる。右手の人差し指と中指、左手の小指以外の指全部に貼られたばんそうこうは見ていて痛々しい。
というか何故、お菓子作りでそこまで大きな怪我をするのか。包丁は使わないし右手を怪我するのはなかなかないのでは、とかなり疑問だ。
そんなことはお構いなしの笑顔で「すごいやろ?」と連発する彼女をいじめたくなるのは、自分なりの愛情としよう。
小包を片手で摘み上げて、「ふーん……」と呟き唇の端を上げる。
「被害者出なかったか?」
「で……っ、出てないかんなっ!」
「へー、少しは成長したんじゃん」
「……うちが料理して、被害者出たこと無いもん……」
口を尖らせながら横を向き小声で言いながら、人差し指同士を合わせている。こんなとこも可愛い、なんて言ったら顔を赤くして怒るのだろう。
というより、どうしてそうも嘘が言えるんだろうか。
被害者が出なかったなんて嘘に決まってる。あの頃はすごかったと思う。今でも昨日のように鮮明に覚えている。すごすぎたのだ、あの被害者の数は。
確か初等部の頃のバレンタインデー。
包丁を持っていた手がすべり、包丁投げて怪我人少数に、教室爆発させて重軽傷者多数。出来た喜びで室内を駆け回り、勢いあまって転んで他人に迷惑かけて。迷惑かけるだけじゃなく、せっかく作り上げた他人のお菓子を粉々にして。
俺が指を折りながら、被害の数を上げると蜜柑はどんどん小さくなっていく。そして事件を思い返したように、顔が青ざめていく。
本当に馬鹿だな、こいつは。
「今回は被害者出なかったんだろ」
「……出てない……」
「ならいいだろ。……食うぞ」
自分から言い出したものの、これ以上付き合っていたらいつになっても食べれない。せっかく作ってくれたクッキーを残すほど根性は強くない。
クッキーは、ちゃんと分量量ったのかと心配になるくらいに異様に粉っぽく、形も相当崩れている。まあ、これでも頑張ったほうだろ、と頭で言い聞かせ口に入れる。
蜜柑はすっかり立ち直って感想を待ってる。「美味しいやろ? 美味しいやろ?」と連呼する姿は、自慢げで。
ぜんぜん上手くねーよ、ばーか。
「……初等部の時よりかは成長した気がする」
「中等部生になったかんな。計りは読めるようになったんやで☆」
なったんやで、って。
今の今まで計りすら読めなかったのかよ、この馬鹿は。通りで料理が苦手なはずだ。呆れた顔をすると、蜜柑は口を膨らませながら、クッキーを食べ始める。
「上手いやん……」と一人で言いながら、もう一枚、クッキーに向けて手を伸ばした。
「棗は舌がおかしいんやよ」
「……は? 俺の舌はてめぇより高級なんだよ。あほ」
「でも、前よりかは美味しくなったろ?」
「まーな」
「前よりかは」と強調すると、蜜柑は笑った。
お腹を抱えて子供みたいな顔で、「棗は素直や無いなぁ」と涙目になりながら言う。その笑みから幸せがこぼれている様で見ていて微笑ましい。
もう一口と、クッキーを口に運び入れる。
この微妙で平凡な味に、きっと慣れていつかは恋しくなるのだろう。
「この腕なら、主婦になっても笑われないよな!」
そうガッツポーズをしながら、幸せそうに笑う彼女を見てやっぱり好きだなと感じる。彼女の愛くるしいツインテールの髪が、ゆらゆら揺れていて。
「……俺の嫁になるんなら、もっと料理上手くなれ。バーカ」
それはもう、彼女と一緒に過ごす幸せの未来図のようでした。
2009/12/19 up...
[PAGETOP]
TEMPLATE PEEWEE